死後の世界(2)「この世との連続性」と「捨て去るもの」

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前回に引き続き、 死後の世界とはどんなところかについて話を進めていきます。なお、 死後の世界 の見解については水波霊魂学に基づいています。そして、ここで書かれている 死後の世界 についてはあくまで原則的な内容です。実際は死後の世界のどの場所にいったかによって、その場所特有の特徴が存在します。

 

『この世のわたし』と『死後の世界のわたし』

私たちはこの世に生まれ、さまざまな経験をし、死んでいきます。
仮に死後の世界があるのならば、私たちはこの世から死後の世界に何らかのかたちで移動して生活を続けていくということです。
これは、『この世のわたし』と『死後の世界のわたし』は一つの人格として連続しているということを示しています。

この世の人格と死後の世界の人格が全く異なっていて、死後の世界の人格にはこの世にいた頃の記憶が全くないのであれば、それは既に別の人格、いわば他人ですので、死後の世界があろうがなかろうがこの世を生きる私たちにとってはどうでもいいことになります。

死後の世界の有無が問題となるのは、『この世のわたし』と『死後の世界のわたし』が同一の人格であり、『死後の世界のわたし』はこの世に生きていたこと等の過去の記憶を保持しているからです。
さらには、この世での生き方が死後の世界の生活に決定的な影響を与えるからです。

したがいまして、死後の世界を信じる方にとって大切なのは、死後の世界での生活に良い影響を与えるためにこの世での生き方を考えるということなのです。

 

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「 死後の世界 」で必要のないもの

死後の世界についての見解は宗教によってさまざまですし、使われる用語も独特なものです。
この記事は水波霊魂学による見解ですので、死後の世界について説明しながら使用している用語についても同時に説明していきます。

さて、私たちが死後の世界に旅立つきっかけとなるのは、『肉体の死』です。
現代は死んでしまった肉体は火葬されてしまうことからも分かりますと通り、肉体は死後の世界では使用しません。

ということは、『死後の世界で使用する身体』は別に存在するということになります。この身体のことを水波霊魂学では『幽体(ゆうたい)』と呼んでいます。

(ここから先は、幽体=死後の世界で使用する身体と解釈してお読みください)

私たちは、死後の世界で『幽体』という物質(肉体)ではない身体を使用して生活しますので、死後の世界はこの世とは全く違なるルールがいくつもあります。その特徴をいくつか挙げてみます。

  • 「食事」も「睡眠」も必要ない

死後の世界で使用する『幽体』は、この世で使用していた肉体とは機能が違います。

『幽体』に食事は必要ありませんし、睡眠も必要ありません。
その理由は、詳しいことは別にしても、死後の世界とこの世(物質の世界)の構造がまったく違うからとしか言いようがありません。

この世に住む生き物は、食物連鎖で繋がっています。つまり、「食べる」-「食べられる」関係ですが、死後の世界にはそれがありません。死後の世界に住んでいる「この世にいた頃は人間」だった存在が、「この世にいた頃は牛」だった存在を捕って食べることはありません。

一方、睡眠は肉体の疲労回復や成長促進のためのものですので、肉体を使わない死後の世界の住人にとっては必要のないものです。

  • 働く必要がない

『幽体』は食べなくてもいいわけですから、食べ物を買うためのお金を稼ぐといった行為、つまり労働をする必要はありません。
働く必要がない死後の世界に会社など存在しませんので、嫌な上司や同僚に囲まれてストレスを溜めることもありません。

 

ここで、「死後の世界ではどうやって物を手に入れるのか?」と疑問を持った方もおられるかもしれません。
この世では物々交換をするかお金がなければ物を手に入れることができません。死後の世界で食べないでいいのならばそれを手に入れる必要はないとしても、服がなければ素っ裸ですし住む家がなければ雨風が凌げませんので、それらはどうやって手に入れるのか?といった疑問が起こるのは当然といえば当然でしょう。

物質の世界は物質で成り立っているのですが、死後の世界は物質の世界ではありませんので、物質ではない「別の何か」で成り立っている世界なのですが、難しい話はさておき、先ほどの疑問の答えにすすみます。

 

「思い」が表現される世界

これが死後の世界がこの世と違う決定的なことだと私は思っているのですが、死後の世界は「思い」が実現する世界です。

仮に家が欲しければ、自分が住みたい家のイメージを強く念じればその通りの家が現れますし、こんな服を着てみたいと思えば思った通りの服を身につけることができます。

もちろん作った家の中に入れますし、ベッドで寝たければベッドが欲しいと念じれば、布団で寝たければ布団が欲しいと念じればいいわけです。こうやって部屋の調度品は好きに揃えることができます。

もしも飽きてしまったら、「消えろ」と念じれば消えてしまいますので何の問題もありません。

このように自分の身の回りで必要なものについては、欲しい品物を念じれば一式揃いますので何も困ることはないわけです。

 

価値観はそのまま、知識もそのまま

ここまで見ますと、死後の世界は何でも実現できる世界ですし、何にも束縛されない自由な世界で素晴らしいなと感じられたかもしれません。

ただ、ここで大切なことを知っていただかなければいけません。

それは、この世で形成された価値観はそのまま死後の世界に持ち込まれるということ、そして、今の時点で知らないことは知らないまま、できないこともできないままであるということです。

つまり、死後の世界に入ったからといって物の考え方がいきなり変わることはありませんし、ここまで書いてきた事実を知らないのであれば、死後の世界に入っても知らないままです。

食べる必要がないと言われましても、それを知らなければ食べ物を探し続けますし、家を出現させる方法を知らなければ家に住むことはできません。

これらのことは、死んだ後に自分を新しい世界に順応させられるか否か、あちらの世界に住んでいる先輩の言うことを素直に聞けるか否かが「カギ」となります。

 

 
【死後の世界についての記事一覧】

第1回 水波霊魂学での見解と死後の世界を知ることの意義
第2回 この世との連続性」と「捨て去るもの」
第3回 最初の関門を突破できるか
第4回 上の世界と下の世界とは何か
第5回 誰もが「夢の中の世界」を経験する
第6回 イメージ したことが実現する世界
第7回 ケンカをすると地獄になる場所
第8回 呼び覚ましてはいけない記憶
第9回 「生きがい」 が見い出せないという苦悩
第10回 霊的に成長 するのか、停滞するのか、それとも後退か
第11回 自分勝手な願い を叶えてくれる神などいない
第12回 相手との 不一致 が悲劇を招く
第13回 なぜ 下の世界 に落ちるのか
第14回 「 宗教の教え 」に隠された本質とは
第15回 思い込み がもたらす不幸
第16回 『 囚われ 』-肉体が消えたあとに残るもの
第17回 無信仰 の人達が集まる街