邪視 と人が出す念は似ている部分がある

邪視

 

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邪視 とは

 

邪視(じゃし、evil eye)は、古くから世界各地に分布する伝承です。これは、各地で細かい点は違うかもしれませんが、邪視を持つ者が相手や物を見ることによって、視線を注がれた人や物に呪いや災難(病気になったり死に至ることさえある)がもたらされるというものです。

 

被害を受けやすい人は、乳幼児などの弱い存在や、裕福な人や容姿端麗の人が挙げられることが多く、さらにこの被害を受けるのは、人間に限らず、動植物、建物、クルマや家財道具の財産に至るそうです。

 

さらに、この邪視の伝承には面白い点がありまして、邪視を放った人(加害者)ではなく、放たれた人(被害者)に責任があるとされるところです。したがいまして、邪視を放つ人をどうこうするのではなく、身を守るためのお守り(護符)が一般に普及しています。有名なのは中東地域のハムサやトルコ地域のナザール・ボンジュウなどがあります。

 

私はこの邪視というものを知るにつけ、まるで念と同じではないかと感じました。

 

 

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念とは

 

水波霊魂学でいう「念」は、幽体から出るのですが、これは人に対しても物に対しても飛んでいきます。人に限れば仮に命中しますと、当たった人の幽体を傷つけることがあります。

それがかすり傷ならば、幽体の自然治癒力で対応可能かもしれませんが、呪いのような強い念を至近距離から放たれて、しかもそれを見ていたお節介な霊魂がわざわざ力を貸すようなことをしますと、かすり傷どころか幽体に穴が開くことさえあります。

その結果、幽体が自己修復できないくらいの傷を負いますと、長期的には肉体にも悪影響が出る可能性があります。

 

邪視伝承を信じる地域では、被害は比較的短時間(数時間から数日)で現れるとされていますが、幽体の損傷が肉体に悪影響を及ぼすのはもう少し長い時間がかかります。

 

幽体が弱くなりますと肉体との接着が弱くなります。肉体との接着が弱くなりますと、肉体の動きに幽体が付いていけませんので、簡単に言えばズレが生じます。

 

こういう症状は身体の末端、つまり手や足に最初に起こりやすく、仮に足で起こりますと、転びやすくなりますし、手で起こりますと物を落としたり操作を誤ったりします。

 

例えば、足を踏み外して高いところから転落したり、ハンドル操作を誤って事故を起こしたりする場合、とっさの判断を求められている場面が多いのですが、肉体と幽体がズレていますと、そのとっさの時に間違ってしまうことが多くなります。

 

目で見える世界では、事故の原因としていろいろなことが考えられたとしても、霊的に見れば、じつは何年も前に誰かから強い念を当てられていて、それがもとで徐々に肉体と幽体がズレてこうなりました、といわれる事例もあるようです。

 

邪眼伝承も人から受ける念も目に見えませんので、相手に責任を求めることはできないというところでは共通しているように思えます。

 

現代社会は、人の念が至る所で飛び交っています。ということは、人の念が当たることを恐れていては人の集まるところで生活することは不可能であり、無人島で一人で生活するしかありません。大切なのは、念を受けないように生活することも大切ですが、仮に人の念が飛んできて命中したとしても、それに対処できるように、こちらが常日頃から防御対策を講じておくことです。

 

人の念を防ぐ護符など存在しません。人の念に対抗しうるのは自身の幽体を強化することしかありません。

 

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