後悔 に支配されるのではなく反省することが大切

後悔

 

 

後悔 するのが人間

 
人は人生を歩む上で、さまざまな選択をしています。

 
どの学校に進学するのか、どの会社に就職するのか、誰と結婚するのか、どこにマイホームを建てるのかといった重大なライフイベントだけが選択ではありません。

例えば何時の電車の何両目に乗るのか、交通手段は電車かマイカーか、この先の角を左に曲がるのか右に曲がるのかといった一つ一つが選択です。

 
ですから、いくら後悔しないように生きようと決意しても、必ず大なり小なり選択を失敗することはあります。

 
「角を左に曲がったら、大嫌いなあの人と出会ってしまった。あの時、右に曲がっていれば良かった」という程度のことでしたら、時間が経てば忘れるでしょうしその後の人生にも影響しないかもしれませんが、大事故に巻き込まれてしまった後で「あと5分早く家を出ていれば良かった」というレベルですと、その後の人生に大きな影響を与えてしまいます。

 
しかし、5分早く家を出ていれば良かったと言いましても、いつも同じ時間に家を出ている人が、事故の当日だけ何の根拠もなしに5分早く家を出ることは通常考えられません。

ということは、悪い結果が出たとしても最初の選択が間違っていたと単純には言えないことになります。

 
就職であろうと結婚であろうと、その時の自分はベストではないかもしれませんがある程度ベターな選択をしているはずです。周囲に反対されたから仕方なく結婚を諦めたとしても、その当時は自分なりに周囲の意見を聞き、その時点における最善の選択というものを考えていたはずです。

それでも時間が経てば状況が変わってしまうのが常ですので、そこで後悔の念が出て来ることはありえます。

 
物事には絶対はありませんし、自分の判断も周囲のアドバイスも完璧なことなどほとんどありません。なぜなら、人は未来のことなど誰一人分からないからです。分からなくても判断せざるを得ないわけですから、選択に失敗することは避けられないということです。

 
したがいまして、人間は後悔して当たり前なのです。そのことを悔やむ気持ちは分かりますが、いつまでも過去に囚われて停滞するわけにはいきません。

私たちは「今」という時間を生きています。1年後生きている保証をされている人は誰もいないのですが、それでも未来のことを考えて生きていかなければならないのです。

 
ただし、未来のために同じ失敗をしないために過去を振り返って反省することはとても大切です。要は程度の問題です。過去に対する後悔の念で心が支配されるのではなく、明日を生きるために過去を適度に振り返るという姿勢が重要なのです。

 

 

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後悔した時、心の奥はどういう状況にあるのか

 
表面の心が過去の出来事を後悔している時、心の奥はどのような状態になっているのかについて説明します。
人には大きく分けて肉体の心・幽体の心・霊体の心という3つの心があり、肉体の心にも3つの部分があると以前の記事に書きましたが、その時に使用した概念図を再掲します。

 
3つの心の概念図

 
仮に離婚をして後悔している人がいたとします。3年前に離婚をしましたが何かしらの理由でその選択を後悔しているという時、表面の心はその時のことを思い出して後悔しています(表中の感情A)。

 
ただ、表面の心から見ればそれは「過去の出来事」です。「あの時、離婚しなければ良かったなぁ」と後悔していますが、それはもう終わったことであって今更どうにもならないことは認識しています。

 
しかし、深い心(記憶がある時期の思い)は、そうではありません。この階層にある思いというのは、時間軸とは連動しないようで、あたかもそれが今現在、起こっているかのような感情になってしまうようです(表中の感情B)。

表面の心は「もう終わったことだ」と思っていても、深い心にとってはあたかもリアルタイムの苦悩になっています。

 
こうなりますと、表面の心が分からない所で深い心が騒いでいる状況になります。表面の心は寝ている時は活動していませんが、深い心は活動し続けています。

そのために、苦悩の内容が夢に反映されてしまうことがあるということです。人の心は複雑ですので、離婚したことを後悔している内容がそのままストレートに夢になることはないかもしれませんが、脳が記憶しているさまざまな出来事や感情、その日に起きた出来事が複雑に絡んでいるようです。

 
表面の心が過去を思い出している時、深い心はそれをまさに今起こっていることであるかのように反応しているのです。

 

 

幽体の心はまったく別のことを思っているかもしれない

 

人間は肉体を幽体が重なっていて、肉体と同じ経験をしています。しかし、肉体の心と幽体の心は身体が違いますので、心も別々です。さらに、ある出来事に対して表面の心と幽体の心が同じ感情を抱いているとは限らないというところに人の心の複雑さがあります。

 
夜にひとりぼっちで酒でも飲みながら、離婚を後悔している人がいたとして、表面の心は先に述べましたように離婚を後悔する気持ちを抱きながらもそれが過去の出来事であることを分かっています。ただ後悔しているだけです。

 
しかし、その人はなぜ今、それを後悔しているのかと言えば、先ほど母親から電話がかかってきていろいろ話をしているうちに過去の離婚の話になり、母親から「いつまで一人でいるつもりなの?早く再婚しなさい。」と言われたからだったとします。

 
電話を切った後、表面の心は母親との会話がきっかけで離婚した当時のことを思い出して、いろいろ後悔しています。しかし、幽体の心は全く別のことを感じていました。それは離婚の原因を作った母親に対する猛烈な怒りでした。

 
表面の心は離婚を後悔していても、再婚することも考えています。しかし、「あの母親とうまくやっていける人がいるのかな?」などと思い悩んでいたとしても、幽体の心はまったく別の思いをストレートかつ徹底的に思い抱きます。

 
「早く再婚しなさいだと?ふざけるな!あの時離婚するはめになったのも、もとはと言えばテメェが嫁イビリ倒したからじゃねえか!自分のことを棚に上げて何を言ってやがる!今度あんなことを言いやがったらぶん殴ってやろうか、それともコップの水を顔にぶちまけてやろうか!」(表中の感情D)

 
幽体の心はとてもストレートなだけに、ここが騒ぎ出しますと厄介なことになります。表面の心は理性を身につけていますので、親をぶん殴るということは考えもしていませんが、幽体の心は理性を身につけるための教育を受けていません。

 
したがいまして、仮にこのことで母親と口論になった時に、怒りの感情がどんどん増してきて理性を失ってしまったり、酒などを飲んでいて表面の心が抑制されていますと、相手の些細なひと言がきっかけで心が一気に爆発してとんでもない行動をしてしまう恐れがあります。

 

 

後悔するとは反省することだと知る

 
人は誰でも後悔して当たり前なのですが、その当時の感情に支配されてしまいますと、結果として心の奥を刺激することに繋がってしまうことがあります。

したがいまして、過去の出来事を振り返る時には、後悔するのではなく反省するということを主眼にして頂きたいと思います。過去の選択をあれこれ考えても、時間を巻き戻すことはできません。

それよりも未来のために同じ失敗をしないようにするという観点から過去の出来事を見ることができるように常日頃から習慣づけを行うことが大切です。

 
さらに、人には表面の心とはまったく別の働きをする深い心というものがあることを知って、消えることがない過去の記憶とどのように付き合えば良いのかということを意識しなければならないのです。なぜなら、表面の心は深い心のことが分からないのですから。